求人票に「固定残業代〇〇円含む」と書いてある会社に転職して、入社後に残業が増え続けても残業代が支払われない——ITエンジニアの労働問題でよくある相談パターンの一つだ。
みなし残業(固定残業代)制度は合法だが、運用によっては違法になる。「みなし残業だから残業代は出ない」という説明は必ずしも正しくなく、みなし時間を超えた分は追加支払いの義務がある。
この仕組みを理解していないと、自分が法律上の権利を行使できる状況にあっても気づかないまま損をする。エンジニアとして転職活動を進める際にも、求人票の見方が変わる。

みなし残業(固定残業代)の基本的な仕組み
まず制度の基本を正確に理解しておく。
みなし残業とは
みなし残業(固定残業代)は、「あらかじめ一定時間分の残業代を毎月の給与に含めて支払う」という制度だ。
例:月給30万円(うち固定残業代4万円、40時間分含む)
この場合、月40時間以内の残業であれば追加の残業代は発生しない。しかし40時間を超えた場合は、超過分の残業代を別途支払う義務が会社側にある。
制度が合法である条件
固定残業代制度が法的に有効であるためには、2025年時点の判例・労働基準法の解釈に基づき以下の条件を満たす必要がある。
-
固定残業代の金額と対応する時間数を明示していること
- 雇用契約書や給与明細に「〇〇時間分の残業代として〇〇円」と記載されていること
- 「みなし残業代含む」だけで時間数の記載がない場合は無効になる可能性がある
-
みなし時間を超えた残業代は別途支払うこと
- 固定残業代で想定している時間数を超えた残業は、追加で時間外手当を支払う義務がある
- 「固定残業代に含まれているから残業代は一切出ない」という運用は違法
-
固定残業代の金額が法定の残業代計算を下回らないこと
- 例:月給20万円で80時間分の固定残業代が「2万円」と記載されている場合、計算上の残業単価が最低賃金を下回る可能性があり、無効となる場合がある
みなし残業が違法になる具体的なパターン
現実のIT企業での問題事例を整理する。
パターン1:固定残業時間の明示がない
求人票や雇用契約書に「固定残業代含む」とだけ書かれており、何時間分の残業代なのかが記載されていない。
最高裁判決(日本ケミカル事件・2017年)では、固定残業代として支払われた金額が通常の残業代計算から逸脱している場合や、内訳が不明確な場合は固定残業代が無効とされる可能性があると示している。
パターン2:超過残業代を支払わない
みなし40時間分の固定残業代があるにも関わらず、月60時間・70時間残業しても追加の残業代が支払われないケース。
「うちはみなし残業制なので残業代は基本給に含まれている」という説明で超過分の支払いを拒否する会社は、労働基準法37条(時間外労働の割増賃金)に違反している可能性が高い。
パターン3:固定残業代が実質的に最低賃金水準
月給22万円(全額が固定残業代を含む総支給)で80時間分の残業代が含まれているという設計の場合、固定残業代部分を逆算すると法定の残業代計算を大幅に下回るケースがある。
この場合、固定残業代部分が無効と判断され、別途残業代の支払い義務が生じる。
みなし残業の時間別リスク評価
固定残業代に含まれる時間数は、実際の残業環境を推測する指標になる。
| みなし残業時間 | リスク評価 | 備考 |
|---|---|---|
| 〜20時間 | 低め | 実残業が少ない傾向。ホワイト企業に多い |
| 20〜35時間 | 標準 | 月平均残業時間の国内平均に近い水準 |
| 36〜45時間 | 注意 | 法定の残業上限(月45時間)に近い。実残業が多い可能性あり |
| 46〜60時間 | 高 | 恒常的な残業が想定される設計。実態確認が必須 |
| 60時間以上 | 非常に高 | 過労リスクが高い。入社前に現場の実態を必ず確認する |
IT企業の求人でみなし残業60時間以上を設定している企業は、実際に月60時間超えの残業が常態化していることが多い。
みなし残業超過分の計算方法
みなし時間を超えた残業が発生した場合の、追加残業代の計算方法を整理する。
計算の基本式
法定の割増賃金の計算式:
時間外残業代 = 時間単価 × 1.25 × 超過時間数
時間単価の算出方法:
- 月給÷月の所定労働時間数(一般的に160〜180時間)
例:月給基本給30万円(固定残業代4万円込み)、所定労働時間168時間のケース
- 固定残業代を除いた基本部分:26万円
- 時間単価:26万円 ÷ 168時間 ≒ 1,548円
- みなし残業40時間を超えた20時間分の残業代:1,548円 × 1.25 × 20時間 ≒ 38,690円
この計算は概算であり、実際の計算は残業手当の算定基礎に何が含まれるかによって変わる。正確な計算は社会保険労務士や弁護士への相談が確実だ。
未払い残業代の時効
未払い残業代には時効がある。2020年の労働基準法改正により、2020年4月以降発生した残業代の時効は当面3年(最終的に5年に延長予定)だ。
過去に遡って請求できるのは最大3年分。残業の記録(タイムカード、ICカードの出退勤記録、PCのログなど)を保管しておくことが重要だ。
求人票でみなし残業のブラック企業を見分ける方法
転職活動の段階で、みなし残業の問題がある企業を見分けるポイントを整理する。
求人票のチェックポイント
危険シグナル(要注意の記載):
- 「みなし残業代含む」だけで時間数の記載がない
- 「基本給〇〇円(各種手当込み)」という表記で内訳が不明
- 固定残業代が60時間以上
- 「年収〇〇万円〜」の表記で、みなし残業代が含まれているかどうかが不明
比較的安全な記載の例:
- 「固定残業代3万円(20時間分)を含む。超過分は別途支払い」という明示
- 残業時間が「月平均10〜15時間」などの具体的な数字
- 36協定の特別条項(年6回まで月60時間超可)の開示
面接で確認すべき質問
- 「固定残業代は何時間分の想定ですか?超過した場合の支払いはありますか?」
- 「直近1年で月の平均残業時間はどのくらいですか?」
- 「固定残業代を設定している背景を教えてもらえますか?」
これらの質問に対して明確に答えられない・答えを曖昧にする会社は、実態を隠している可能性がある。
ブラックIT企業の見分け方:求人票・面接・口コミから確認すべき警告サイン
求人票からブラック企業を見分ける実践的な方法
口コミサイトとの突き合わせ
OpenWork(旧Vorkers)、転職会議などの口コミサイトで「残業」「みなし残業」というキーワードで検索すると、実態のレビューが見つかることが多い。
求人票の記載と口コミの内容に大きな乖離がある場合は要注意だ。
ホワイトIT企業の特徴と選び方:残業少・高年収・リモートを全部取る方法
残業が少ないIT企業の選び方と確認方法
みなし残業トラブルが発生した場合の対処法
現職でみなし残業に関するトラブルが起きた場合の対処手順を整理する。
Step 1:残業の記録を保全する
タイムカード・入退館記録・PCのログイン・ログアウト時刻・メールの送受信時刻などを記録・保管する。スマートフォンで写真を撮るか、個人メールに転送するなどして、会社のシステム上だけに記録を置かない。
Step 2:会社の担当部署に確認する
まず人事・総務担当者に「固定残業代の時間数と超過分の支払いについて確認したい」と問い合わせる。書面または電子メールで回答を求めると、後の証拠になる。
Step 3:社外への相談
会社内での解決が難しい場合は以下の相談窓口を使う。
- 労働基準監督署:無料で相談でき、必要に応じて会社への指導・調査を行う
- 労働組合・ユニオン:加入すると会社との交渉を代行してもらえる
- 弁護士・社会保険労務士:未払い残業代の金額が大きい場合は、費用対効果を含めて相談する
みなし残業の問題は転職で解決できる
みなし残業トラブルを抱えながら働き続けるより、労働環境が整った企業に転職する方が根本的な解決につながることが多い。
残業実態の問題がある会社での転職活動の進め方については、別の記事で解説している。
エンジニアの残業実態:職種別データと残業が少ない会社の見分け方
残業実態を改善するための転職戦略

まとめ:みなし残業の「合法・違法」は3点で判断する
みなし残業(固定残業代)制度は合法だが、運用によっては違法になる。判断の基準は3点だ。
- 時間数の明示:「〇〇時間分の固定残業代」という記載がある
- 超過分の追加支払い:みなし時間を超えた残業には追加の残業代が支払われる
- 金額の妥当性:固定残業代の金額が法定計算を下回っていない
転職活動では、求人票の固定残業時間は「実態の残業時間の指標」として読む。45時間以上の固定残業代は要注意で、面接で実態を必ず確認する。
現職でみなし残業のトラブルがある場合は残業記録を保全した上で、労働基準監督署や弁護士に相談することが選択肢になる。
